わたしは私。誰かの何かとつながっている私じゃない。
なんで、
おとうさんって呼ばないといけないの?
なんで、
おかあさんって呼ばないといけないの?
いつまで、
そうやって他人のこころを縛ろうとするの、、、死んでまで。
なぜ。
ひとを一人の人として接することは
そんなに難しいことなのですか?
なぜ
あなたたちはそんなに高いところから
言葉を投げかけるのでしょうか?
なぜ。。。
大人だろうと、子どもだろうと
一人の人としての存在に変わりない。
まずは個の存在を認めることが大切。
人を一人の人として、名前だけで呼ぶ。
その子のその「限りない存在」に対して
親がつけてくれた名前なのだから。
誰々の子どもだから。とか
〇〇している□□ちゃん。とか
そんなことは、まったく関係ない。
名前を、
名前だけを受け入れてあげる
ことが出来なければ、
私のように
個にこだわる人間との
心の繋がりにその先はない。のだ
誰かの誰か。だからとか
何かの誰か。だからとか
無意識に
いろんなものと繋げてしか
考えなくなっている人のなんと多いことか。
それが当たり前で
正しいことだと言わんばかりに
それらの人は、私の言葉をさえぎるのだ。
だから私は貝になっていたろう。
これもまた、無意識に。
たとえば、絵の具で考えて見よう🎨。
赤 青 黄 白 黒 …
ひとつひとつの色がしっかりしてるから、
ほかの色と混ぜたとき、すんなりと思った色に馴染むよね、
これが、
素材以外の余計なモノまで混じり込んでいたら、すんなりときれいな発色にはならないですね。
素材の素の部分は
ムラやクスミで覆い隠される訳で、
心がキュッと痛むたびに
何重にも、何重にも、薄い膜が被されるイメージ。
薄い膜は
そのうち重ーーい心の蓋になる。のよ
自分でも気づかないうちに
自分で自分を苦しめはじめる。の
それらは
すべて自分で作りだしていることに他ならない。んだけどね
「もっと楽に、もっと楽しく、もっと笑顔になる方法」執筆中^ ^
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